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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和52年(ワ)75号 判決

原告

辻田善光

ほか二名

被告

野元忠美

主文

一  被告は、

(一)  原告辻田善光に対し、一〇、一五三、七一七円とこのうち九、一五三、七一七円に対する昭和五二年九月一三日から完済まで年五分の金員を、

(二)  原告辻田義昭に対し、一四、一一七、〇〇一円とこのうち一二、九一七、〇〇一円に対する昭和五二年九月一三日から完済まで年五分の金員を、

(三)  原告辻田照章に対し、七〇三、〇〇〇円とこのうち六四三、〇〇〇円に対する昭和五二年九月一三日から完済まで年五分の金員を、

それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決の一項のうち、原告辻田善光は七〇〇万円につき、同辻田義昭は一、〇〇〇万円につき、同辻田照章は認容額全額につき、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告は、

1 原告辻田善光(以下「原告善光」という。)に対し、二八、四六六、六六五円とこのうち二四、七五三、六二二円に対する昭和五二年九月一三日から完済まで年五分の金員を、

2 原告辻田義昭(以下「原告義昭」という。)に対し、三六、一四九、四八四円とこのうち三一、四三四、三三四円に対する昭和五二年九月一三日から完済まで年五分の金員を、

3 原告辻田照章(以下「原告照章」という。)に対し、二、六五九、〇三〇円とこのうち二、三一二、二〇〇円に対する昭和五二年九月一三日から完済まで年五分の金員を、

それぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  被告

請求棄却、訴訟費用原告ら負担の判決及び仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  交通事故の発生

1 日時 昭和五二年四月二二日午後五時二五分ころ

2 場所 福岡県嘉穂郡稲築町岩崎一、三六八番地付近道路

3 加害車両 普通乗用自動車(福岡五六ま五一九三。以下「被告車」という。)

右運転者 被告

4 被害車両 普通乗用自動車(福岡五六は六一八三。以下「原告車」という。)

右運転者 原告善光

同乗者 原告義昭

所有者 原告照章

5 事故の態様 正面衝突

(二)  責任原因

1 被告は、被告車の保有者で、運行供用者であるから、自賠法三条により、原告善光、同義昭の被つた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告は、事故現場付近の交通整理の行われていない、見通しの悪い交差点を左折するにあたり、警音器を吹鳴せず、時速五〇ないし六五キロメートルで道路中央部を大曲りした過失により本件事故を発生させた。したがつて、被告は、民法七〇七条により、原告照章の被つた損害を賠償すべき義務がある。

(三)  原告善光、同義昭の傷害の部位・程度及び治療状況

1 原告善光

原告善光は、本件事故により頭部、左肘部、両膝部挫傷の傷害を受け、次のとおり、治療を受けた。

(1) 西野外科病院 昭和五二年四月二二日から同年七月一日まで入院(七一日間)

同月二日から同五三年六月三〇日まで(実日数三〇八日)及び同年七月一日から同五四年二月二八日まで通院

(2) 飯塚病院 昭和五二年六月二二日及び同年一二月七日から同五三年八月一八日まで通院(実日数一〇日)

(3) 筑豊労災病院 昭和五二年七月七日から同年八月一日まで通院(実日数四日)

(4) 福岡大病院 昭和五二年九月一四日、同年一一月三〇日通院

(5) 九州大学医学部附属病院 昭和五三年五月八日、同月一七日通院

(6) 河野医院 昭和五四年九月七日から今日まで通院

2 原告義昭

原告義昭は、本件事故により頭部、胸部、左肩、右膝部、左肘部挫傷の傷害を受け、次のとおりの治療を受けた。

(1) 西野外科病院 昭和五二年四月二二日から同年七月一日まで入院(七一日間)

同月二日から同五三年六月三〇日まで(実日数三二五日)及び同年七月一日から同五四年二月二八日まで通院

(2) 飯塚病院 昭和五二年六月二二日及び同年三月七日から同五四年五月三〇日まで通院(実日数二二日)

(3) 筑豊労災病院 昭和五二年七月七日から同年八月一八日まで通院(実日数四日)

(4) 福岡大学病院 昭和五二年九月一四日、同年一一月三〇日通院

(5) 河野医院 昭和五五年一月三〇日から今日まで通院

(四)  後遺障害

1 原告善光

未だ症状が固定していないが、仮に昭和六一年五月二九日症状固定したものとすると、頸部圧痛、左前腕知覚鈍麻、左前胸部圧痛、左側胸部ないし左腹部知覚鈍麻、腰部運動痛、圧痛、左下腿外側ないし右足部知覚鈍麻、両膝関節圧痛、右側頭骨々折、第五腰椎分離症、両眼調節力衰弱、心臓部疼痛、耳鳴、右感音性難聴、頭痛等の症状が現存しており、右障害は自賠法施行令別表五級該当を下らない。

2 原告義昭

未だ症状が固定していないが、仮に昭和六一年五月二九日症状固定したものとすると、頸部運動痛、圧痛、左前腕知覚鈍麻、背部圧痛・叩打痛・運動痛・腰部圧痛・叩打痛、両下肢圧痛・知覚鈍麻、左下腿知覚鈍麻、膝部圧痛、左上下肢知覚異常、両眼調節力麻痺、両耳鳴、両感音性難聴、胸部痛、頭痛、両側第一胸髄レベルの神経根刺激症状等の症状が現存しており、右障害は自賠法施行令別表五級該当を下らない。

(五)  物損

原告車の前部大破

(六)  原告らの損害

1 原告善光分 二一〇、七九六、六九四円

(1) 治療費 五、四三一、二八〇円

(2) 栄養補給費 七、四四二円

入院中における栄養補給のため、牛乳を購入、摂取した費用。

(3) 入院雑費 一〇、四一〇円

(4) 交通費 九六七、二三〇円

自宅から各病院まで往復のタクシー代及び河野医院までの住復バス代

(5) 診断書代 一〇、八〇〇円

(6) 休業損害 二六、八四三、五一五円

原告善光は、本件事故当時三井石炭鉱業株式会社に勤務していたが、本件事故による傷病の治療のため、同社の休職を余儀なくされ、ひいては就業規則に基づき解雇された。しかし、本件事故により受傷していなければ、引き続き今日まで正常に勤務することが可能であつたから、本件事故の翌日から昭和六一年五月二九日までの間の休業損害は、次の各年度の賃金センサス第一巻第一表全国性別・学歴別・年齢階級別平均給与額表産業計・企業規模計の新高卒の項のうち、原告善光の属する年齢階級欄記載の給与額により算出すると次のとおりになる(ただし、(イ)及び(ヌ)は日割計算し、(リ)及び(ヌ)はそれぞれの前年度の金額に給与上昇額として相当な五パーセントの金額を加算)。

(イ) 昭和五二年四月二三日から同年一二月三一日まで 一、二六九、七八二円

(ロ) 同五三年一月一日から同年一二月三一日まで 一、九〇七、六〇〇円

(ハ) 同五四年一月一日から同年一二月三一日まで 二、五八六、六〇〇円

(ニ) 同五五年一月一日から同年一二月三一日まで 二、七四四、二〇〇円

(ホ) 同五六年一月一日から同年一二月三一日まで 二、八七七、八〇〇円

(ヘ) 同五七年一月一日から同年一二月三一日まで 二、九五六、一〇〇円

(ト) 同五八年一月一日から同年一二月三一日まで 三、〇二九、二〇〇円

(チ) 同五九年一月一日から同年一二月三一日まで 三、七八八、八〇〇円

(リ) 同六〇年一月一日から同年一二月三一日まで 三、九七八、二四〇円

(ヌ) 同六一年一月一日から同年五月二九日まで 一、七〇五、一九三円

(7) 後遺障害逸失利益 六六、九〇六、四八七円

未だ症状が固定していないが、仮に昭和六一年五月二九日症状固定の状態に至つているとして、後遺障害による労働能力喪失率を七九パーセント、前記(6)による昭和六一年の年間給与額を四、一七七、一五二円、就労可能年数を三六年とし、年別ホフマン方式により中間利息(係数二〇・二七五)を控除して、右時点による逸失利益を算出。

(8) 慰藉料 一〇六、九〇六、四八七円

傷害自体に対するもの二、〇〇〇万円、結婚等の人生設計を大きく狂わせられたことに対するもの一、〇〇〇万円、生活保護による生活を余儀なくされたことに対するもの一、〇〇〇万円及び前記後遺障害に対するものとして六六、九〇六、四八七円。

(9) 弁護士費用 三、七一三、〇四三円

原告善光は、財団法人法律扶助協会福岡支部を介して弁護士八尋八郎に本件訴訟を委任した。そして、原告善光は右協会及び右弁護士との間で取れ高の一割五分を弁護士費用として支払う旨約した。

24,753,623(円)×0.15=3,713,043(円)

2 原告義昭分 二二八、二四八、四七三円

(1) 治療費 四、九五四、八三〇円

(2) 栄養補給費 七、四四二円

入院中における栄養補給のため、牛乳を購入、摂取した費用。

(3) 入院雑費 一〇、四一〇円

(4) 交通費 三四五、四四〇円

自宅から河野医院までの往復バス代

(5) 診療書代 一〇、八〇〇円

(6) 休業損害 三三、二〇九、八一一円

原告義昭は、本件事故当時三井鉱山竪抗トンネル掘鑿株式会社に勤務していたが、本件事故による傷病の治療のため、同社の休職を余儀なくされ、ひいては就業規則に基づき解雇された。しかし、本件事故により受傷していなければ、引き続き今日まで正常に勤務することが可能であつたから、本件事故の翌日から昭和六一年五月二九日までの間の休業損害は、次の各年度の賃金センサス第一巻第一表全国性別・学歴別、年齢階級別平均給与額表産業計・企業規模計の新大卒の項のうち、原告義昭の属する年齢階級欄記載の給与額により算出すると次のとおりになる(ただし、(イ)及び(ヌ)は日割計算し、(リ)及び(ヌ)はそれぞれの前年度の金額に給与上昇額として相当な五パーセントの金額を加算)。

(イ) 昭和五二年四月二三日から同年一二月三一日まで 一、七三五、〇九四円

(ロ) 同五三年一月一日から同年一二月三一日まで 二、五九三、七〇〇円

(ハ) 同五四年一月一日から同年一二月三一日まで 二、六八六、〇〇〇円

(ニ) 同五五年一月一日から同年一二月三一日まで 二、八〇九、三〇〇円

(ホ) 同五六年一月一日から同年一二月三一日まで 四、〇四四、八〇〇円

(ヘ) 同五七年一月一日から同年一二月三一日まで 四、二〇五、七〇〇円

(ト) 同五八年一月一日から同年一二月三一日まで 四、二八七、二〇〇円

(チ) 同五九年一月一日から同年一二月三一日まで 四、三三九、一〇〇円

(リ) 同六〇年一月一日から同年一二月三一日まで 四、五五六、〇五五円

(ヌ) 同六一年一月一日から同年五月二九日まで 一、九五二、八六二円

(7) 後遺障害逸失利益 七二、四九七、二九五円

未だ症状が固定していないが、仮に昭和六一年五月二九日症状固定の状態に至つたとして、後遺障害による労働能力喪失率を七九パーセント、前記(6)による昭和六一年の年間給与額を四、七八三、八五七円、就労可能年数を三三年とし、年別ホフマン方式により中間利息(係数一九・一八三)を控除して、右時点による逸失利益を算出。

(8) 慰藉料 一一二、四九七、二九五円

傷害自体に対するもの二、〇〇〇万円、結婚等の人生設計を大きく狂わせられたことに対するもの一、〇〇〇万円、生活保護による生活を余儀なくされたことに対するもの一、〇〇〇万円及び前記後遺障害に対するものとして七二、四九七、二九五円。

(9) 弁護士費用 四、七一五、一五〇円

契約内容は原告善光と同一。

31,434,334(円)×0.15=4,715,150(円)

3 原告照章分 二三、七一三、二〇〇円

(1) 車両代 三、四七四、二〇〇円

原告車は、トヨタクラウンビラードハードトップであるが、被告が原告車の修理代金の支払を拒否しているため、原告車はさびついて修理不能に陥り、修理工場から返品されて朽廃した。したがつて、被告は、現クラウン二〇〇〇cc車の最高級グレード車の購入総費用三、四七四、二〇〇円(車両価格三、一四一、〇〇〇円、登録諸費用三三三、二〇〇円)を支払うべきであり、仮に右の主張が認められないとしても、原告車の本件事故前の時価である一八〇万円を支払うべきである。

仮に右の主張が認められないとしても、本件事故直後における原告車の修理費用一、〇四二、二〇〇円を支払うべきである。

(2) 代車料 二七万円

本件事故により原告車が大破し、使用できなくなつたため、一日三、〇〇〇円の賃料を支払つて九〇日間普通乗用自動車を借り受けた。

(3) 休車料 九、九六九、〇〇〇円

昭和五二年四月二二日から同六一年五月二九日まで(三、三二三日)一日当たり三、〇〇〇円を乗じたもの。

(4) 慰藉料 一、〇〇〇万円

被告が原告車の修理費の支払につき誠意ある解決をしようとしないので精神的に多大の苦痛を受けた。また、本件事故に起因する被告及び西野外科病院等との諸々の紛争ないし長兄として弟二人の本件事故に起因する負傷等について同人らの苦痛を共に担つた。

(5) 弁護士費用 三四六、八三〇円

契約内容は原告善光と同一。

2,312,200(円)×0.15=346,830(円)

(七)  結論

よつて、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、

1 原告善光は、二一〇、七九六、六九四円の内金二八、四六六、六六五円とこのうち弁護士費用を除いた二四、七五三、六二二円に対する不法行為後の昭和五二年九月一三日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金の、

2 原告義昭は、二二八、二四八、四七三円の内金三六、一四九、四八四円とこのうち弁護士費用を除いた三一、四三四、三三四円に対する不法行為後の昭和五二年九月一三日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金の、

3 原告照章は、二三、七一三、二〇〇円の内金二、六五九、〇三〇円とこのうち弁護士費用を除いた二、三一二、二〇〇円に対する不法行為後の昭和五二年九月一三日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金の、

各支払を求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)1の事実は認める。

同2の事実のうち、被告が道路中央部を大曲りしたことは認めるが、その他の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実は認めるが、原告善光、同義昭の治療は本件事故との相当因果関係を欠くものである。

すなわち、本件事故当時、原告善光は頭部・左肘部・両膝部挫傷により加療一〇日間の、原告義昭は頭部・胸部挫傷により加療一週間の、各診断がされていたものであり、しかも、請求原因(四)主張の各症状は、いずれも自覚愁訴だけで他覚的所見はなく、事故後九年も経つた現在も症状固定していないというのは論外で、右原告らが勤労意欲をもたず、いたずらに治療を長期化しているにすぎない。

(四)  同(四)の事実は否認する。

原告善光、同義昭主張の現存症状と本件事故との間には相当因果関係がない。

(五)  同(五)、(六)の事実はいずれも不知。

三  被告の抗弁

本件事故については、原告善光も、狭い急カーブの下り勾配路から衝突地点手前の広い道路に出てきたのであるから、もつと左側に寄つて下降すべきであるのに、敢えて中央線に寄つて進行した過失があるから、過失相殺すべきである。

四  抗弁事実に対する原告らの認否

抗弁事実は否認する。

理由

一  事故の発生

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  請求原因(二)1の事実は当事者間に争いがない。

(二)  いずれも成立に争いのない乙二ないし六、九号証、検証の結果、原告善光及び被告各本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

被告は、桂川町方面(西方)から漆生方面(東方)に向かつて時速約六〇キロメートルで進行し、本件事故現場手前のT字型交差点を山野方面に向かつて左折進行したが、その際時速約五〇キロメートルに減速しただけで十分減速せず、かつ左方の交通の安全を十分確認しないまま、道路の左側端に寄らないで大まわりして対向車線を進行した過失により、右交差点内を約八メートル進行した地点で前方約一〇メートルの地点に原告車を発見し、急ブレーキをかける間もなく原告車に衝突した(右事実のうち、被告が道路中央部を大曲りしたことは当事者間に争いがない。)。

三  傷害の部位・程度及び治療状況

請求原因(三)の事実は当事者間に争いがない(ただし、原告善光、同義昭の治療と本件事故との間の相当因果関係については争いがある。)

四  後遺障害

(一)  いずれも成立に争いのない甲二、三号証、一八号証の三、二〇号証の一ないし一〇、二一号証の一ないし一五(一三は二〇号証の八と同一)、四六号証の二ないし四四、四七号証の一ないし四三、五〇及び五一号証の各一ないし五、乙一一号証の一ないし四(甲二一号証の一ないし四と同一)、一二号証の一ないし四(甲二〇号証の一ないし四と同一)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一七及び一八号証の各一・二、証人西野宇太彦(一、二回)、同高岸憲二の各証言、鑑定人高岸憲二の鑑定の結果(原告善光、同義昭分)、原告善光、同義昭各本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

1  原告善光(本件事故当時二二歳)、同義昭(同二五歳。以下、四項では右原告両名を適宜「原告両名」という。)は、本件事故当日の昭和五二年四月二二日午後五時五五分ころ、救急車で西野外科病院(以下「西野病院」という。)に搬入されて同病院長西野宇太彦医師(以下「西野医師」という。)による診療を受けたこと。

2  西野医師が診察した結果、原告両名の身体に著名な外傷はもとより、こぶや発赤、皮膚の変色も認められなかつたが、原告善光は、頭痛、嘔気、寒気、左肘関節部痛、両膝関節から下腿にかけての疼痛及びしびれ感等を、原告義昭は、頭重感、嘔気、左前胸部痛、上肢のしびれ感、右膝部疼痛等を、それぞれ訴えたため、即日、原告善光の頭部、頸椎、胸部、両肘部、右手、右膝部の、原告義昭の頭部、頸部、左肩、左肘、右膝の、各レントゲン撮影による検査をするとともに、原告善光の頸部、左肘部、両膝部、右胸部等の、原告義昭の頸部、左肩部、左肘部、右膝部等の、各湿布をし、原告両名に糖剤等の注射、鎮静、鎮痛剤、精神安定剤の内服薬を投与するなどしたこと。

3  そして、西野医師は、右レントゲン検査の結果、原告両名とも異常は認められず、他覚的所見も乏しかつたが、原告両名の主訴ないし自覚症状等により、原告善光については頭部・左肘部・両膝部挫傷と、原告義昭については頭部・胸部・左肩・右膝部・左肘部挫傷と、それぞれ診断し、原告両名の希望と経過観察のため、即日原告両名を入院させたこと。

4  翌二三日以降も毎日前同様の注射と内服薬の投与及び湿布を続けていたが、その後原告両名ともむち打症状のような訴えをするようになつたため、同年五月一二日からは、前記治療に加えて、毎日頸部、両肩部のマツサージと頸椎の牽引を実施し、疼痛部に抗炎症剤の軟膏を塗擦したこと。

5  西野医師は、同月下旬ころ、原告両名に他覚的所見がなく、当初の主訴も幾分軽快したため、これ以上の入院治療の必要はないものと判断し、自らあるいは看護婦を通じて原告両名に退院するよう勧めたが、原告義昭が「退院させて絶対大丈夫と請合うか」などと言つて同意せず、また、原告善光が同月一六日ころ雨天時等に目がかすむと訴え、更に同年六月一〇日ころ原告両名が目が疲れ易いとの訴えをしたことから、同月二二日原告両名を飯塚病院眼科で受診させたところ、同日同病院眼科藤田嘉平次医師から、原告両名とも「視力良好、眼底やその他の透明体に異常はない。恐らく外傷性結膜下出血、網膜の外傷性浮腫があつたのであろうが、今は全く吸収している。あとは退院でもすれば自然に軽快すると思う」旨の診察結果の回答を受けたこと(なお、原告義昭は、同月二三日ころ左目のかすみを訴え、西野病院退院後から昭和五三年七月一九日までの間に、飯塚病院眼科に、原告善光は九日、同義昭は一一日通院したが、右藤田医師は、原告善光につき、同五二年一二月ころから左右網膜黄斑部に色素沈着あるが、視力障害はなく、同五三年七月一九日には治癒した旨、原告義昭につき、左眼がおそらく受傷当時毛様体の近くの虹彩の裏付近に出血したものと思われ、それが吸収し、一部剥離して硝子体混濁となつて硝子体中を浮遊しており、主訴にかかる左眼飛蚊症は右同日症状固定した旨、それぞれ診断した。)。

6  また、西野医師は、原告両名の頭痛の愁訴により、念のため同五二年六月四日原告両名の脳波を記録し、九州大学医学部附属病院(以下「九大病院」という。)で診断してもらつたところ、原告善光については「軽度異常で、てんかんの疑がある」旨、原告義昭については異常がない旨の回答を受け、更に同月二九日再度原告善光の脳波を記録し、同病院で診断してもらつたところ、「大体正常になつた」旨の回答を受けたこと。

7  そこで、西野医師は、原告両名に他覚的所見がなく、もともと脳波検査の結果は絶対的なものでないうえ、前記眼科の診断及び脳波検査の結果等からみて、これ以上の入院治療の必要はなく、早く日常生活をしたうえ職場復帰する方がよいと判断して同年七月一日原告両名を退院させたこと。

8  しかし、原告両名は、翌二日以降も、入院中とほぼ同様の自覚症状を訴え続けて、休診日以外はほとんど毎日西野病院に通院し、入院中とほぼ同様の治療を受けたこと。

9  そして、同年九月一二日には原告善光が動悸等を訴えたため、西野病院において同原告の心電図を記録したところ洞性頻脈が表れ、更に同月一四日原告両名を福岡大学病院整形外来科で受診させたところ、同病院竹下満医師から西野医師あてに、原告両名を頸椎捻挫後遺症と診断し、治療方法として、原告善光に対しては温熱療法、等尺性筋訓練、星状神経節ブロツク、精神安定剤投与を、原告義昭に対しては頸筋の等尺性筋収縮訓練、温熱療法、耳鳴り、眼症状が専門科で異常なければ左星状神経節ブロツク適応を、それぞれ指摘する回答がなされたこと。

10  そこで、西野病院では、右竹下医師の回答に基づき、同月一九日からは、従前の内服薬の投与や注射等のほか、原告善光に対しては両肩部、頸部のパラフイン浴、頸椎牽引、疼痛部のマツサージ及び湿布、膝の超短波療法等を、原告義昭に対しては両肩部のパラフイン浴、頸椎牽引、頸部・両肩部のマツサージ、疼痛部の湿布等を、それぞれ施したこと。

11  そして、前記心電図の結果により、念のため原告善光を九大病院循環器内科で受診させたところ、同年一一月八日同原告に心臓疾患はない旨の診断がなされたこと。

12  その後、昭和五二年末ないし同五三年初めころからは、原告両名の症状に変化が認められなかつたところ、同五三年五月一七日九大脳神経外科副島徹医師による原告善光の診察結果は、「外傷後の訴え及び大後頭神経痛で、神経学的に異常はなく、早く社会復帰させるべきである」旨、また、同日、同科高木東介医師による原告義昭の診断結果は、「両側大後頭神経の圧痛で、受傷からかなり経つているので積極的に身体を動かすよう患者に勧めた」旨、西野医師に回答されたこと。

13  そこで、西野医師は、同年六月三〇日の時点において、原告善光の主訴する頭痛、頸部痛、両肩部疼痛、両前腕から手部にかけてのしびれ感、目のかすみ、耳鳴、歩行時の両膝関節脱力感、動悸、左胸部痛等の症状、原告義昭の主訴する頭痛、頸部痛、両肩部痛、眩暈、就寝時の両肩のしびれ、動悸、両膝部疼痛、右前腕背側面疼痛は、いずれも神経的なもので、既に症状が固定したものと診断し、そのころ原告両名に通院の必要がない旨告げたこと。

14  ところが、その後も原告両名はほとんど毎日のように西野病院に通院し、診療を求めたため、西野医師は、やむなく経過観察のため診療を続けたが、原告両名の主訴する症状にほとんど変化がないことから、新しい所見の有無の診断のため、昭和五四年一月二三日から原告両名の脳波を記録し、レントゲン撮影(原告善光については頸椎と腰椎)をして検査したが、いずれも異常が認められなかつたため、同年二月二八日限りで原告両名に対する診療を打ち切つたこと。

15  その後、原告両名は、他の医師による治療を受けたり、薬を服用するなどしていなかつたが、いずれも河野医院で、原告善光は、同年九月七日から気管支喘息、同五五年八月一日から第五腰椎分離症・坐骨神経痛、同五六年二月二一日から胸痛・頸肩腕症候群、同年三月七日から慢性膵炎、同月九日(から数日間)胃潰瘍瘢痕、同年五月六日(から数日間)動悸、同年六月二五日麦粒腫、同年一〇月一六日から肝機能障害、同五〇年八月三一日から右手根管症候群、同年一一月一七日から狭心症疑(同五九年五月九日からは心筋虚血・狭心症)、同五九年二月一五日から結膜炎、同月一八日から皮膚炎、同年六月八日から虫垂炎、同月二九日から高尿酸血症、同年七月一八日から右前腕静脈血栓性静脈炎の各傷病名により一か月平均二三、四日通院して治療を受けており、原告義昭は、同五五年一月三〇日から同五六年五月まで胃潰瘍、同五五年四月二一日から術後腸管癒着、同年五月二日から同年一二月まで肝炎、同年六月二七日から腰痛症・頭部外傷後遺症、同年一一月一八日から膝関節症、同五六年五月六日から結膜炎、同月一一日(から数日間)動悸、同年六月二六日から肝機能障害、同年九月二六日から皮膚炎、同五七年二月二六日から同五八年一二月まで気管支炎、同五八年一月二二日から同五九年三月まで右膝部打撲、同五九年八月八日左手関節部ガングリオンの各傷病名により一か月平均二一、二日通院して治療を受けていること。

16  鑑定人九大病院整形外科高岸憲二医師が、原告両名の本件事故にともなう負傷に起因する後遺障害の存否に関する鑑定のため、昭和五八年三月原告両名に対診したところ、原告善光の主訴は、(1)頭痛、(2)両目のかすみ、(3)耳鳴り、(4)項部から両手にかけてのしびれ感及び疼痛、(5)腰部から両足にかけてのしびれ感及び疼痛、(6)両膝のガクガク感、(7)左前胸部痛であり、原告義昭の主訴は、(1)両目のぼやけ、(2)耳鳴り、(3)項部痛、(4)両肩から両手にかけてのしびれ感、(5)腰痛、(6)両膝のしびれ感及び疼痛、(7)後頭部及び前額部の頭痛、(8)心臓部の苦しみ、(9)背部痛であつたこと。

17  そこで、右鑑定人は、同月から同年七月までの間に整形外科部門については自ら、眼科、循環器内科、耳鼻科、神経内科の各部門については同病院の各専門医により原告両名の診察、諸検査、診断を行つたこと。

18  その結果、原告善光の、(1)頭痛については、脳神経には何ら異常が認められず、外傷後の訴えで頸部捻挫後遺症の可能性が大であること、(2)両目のかすみについては、両目の調節力衰弱と考えられ、これは頭頸部損傷でも起こり得るが、事故後六年が経過しており、事故前の検査がしてなければ事故との関連性は不明であること、(3)耳鳴りについては、頸部捻挫後遺症の可能性が大であること、他に右側頭骨骨折及び感音性難聴が認められるが、事故前の証拠がなく確定し難いこと、(4)項部から両手にかけてのしびれ感及び疼痛については、右前腕以下の知覚鈍麻と右握力の低下があるが、他覚的所見なく、器質的病変があるとは考え難く、外傷後の訴えで頸部捻挫後遺症であること、(5)腰部から両足にかけてのしびれ感及び疼痛については、圧痛、ゼラーグ徴候、右下肢の知覚鈍麻及び第五腰椎分離症が認められるが、本件事故により第五腰椎分離症が発生したとすれば、事故当時非常な激痛を伴つたはずであるのに、事故当時のカルテ等に腰部疾患名がないことから、本件事故との関連性は非常に少なく、下肢の知覚鈍麻及びゼラーグ徴候も他覚的所見がなく、神経的(器質的)障害は考え難いこと、(6)両膝のガクガク感については、圧痛だけで、他の所見はなく、両膝挫傷後遺症であること、(7)左前胸部痛については、圧痛だけで、他の所見はなく、原因不明であること、以上により、明らかに後遺症と考えられるものは頸部捻挫後遺症及び両膝挫傷後遺症であり、いずれも有意の客観的検査所見は認められないが、二か月入院後も通院加療しており、全く症状がないとは考えられず、労災補償法に定めるところの神経症状で、頭痛による一四級及び両膝痛に対する一四級、併合して一四級が妥当との鑑定をしたこと。

19  次に、原告義昭の、(1)両目のぼやけについては、両目の調節力低下、麻痺(三〇歳代の正常値は七Dのところ、三・五D)であるが、事故との関連性は不明であること、(2)耳鳴りについては、事故前の証拠がなく事故との関連性は確定し難いが、頸部捻挫後遺症の一症状として考えることが妥当であり、他に両感音性難聴が認められるが、事故との関連性を確定し難いこと、(3)項部痛及び(4)両肩から両手にかけてのしびれ感については、他覚的所見がなく、頸部捻挫後遺症としての訴えと思われること、(5)腰痛については、器質的異常が認められず、事故当時のカルテ等に腰部の病名もなく、本件事故による可能性は非常に少ないこと、(6)両膝のしびれ感及び疼痛については、圧痛があるだけで、他覚的所見はないが、事故当時のカルテ等に膝部の病名があり、その後も治療を続けていることから事故との関連性を否定できないこと、(7)後頭部及び前額部の頭痛については、客観的検査所見に乏しく、外傷後の訴えで、頸部捻挫後遺症の一症状と考えられること、(8)心臓部の苦しみについては、心臓に器質的病変がなく、事故によるものとは考え難いこと、(9)背部痛については、叩打痛及び圧痛があるだけで、他覚的所見はなく、事故当時のカルテ等に背部の病名もなく、事故との関連性は非常に少ないこと、以上により、明らかに後遺症と考えられるものは頸部捻挫後遺症及び両膝挫傷後遺症であり、いずれも有意な客観的検査所見は認められないが、退院後も通院加療しており、疼痛を否定することはできないから、労災補償法に定めるところの神経症状で、頭痛による一四級及び両膝痛に対する一四級、併合して一四級が妥当との鑑定をしたこと。

20  ところで、眼の調節力麻痺は、頭部や頸部の損傷によつても起こり得ること、右側頭骨骨折により何ら支障のない場合もあるが、内耳、聴力に支障が起こる場合もあること、腰椎分離は、椎骨の骨折であるから非常な激痛を伴い、部分的なしびれも考えられること。

(二)  右認定事実によれば、原告両名の本件事故に基づく傷病は、他覚的所見に乏しいところ、昭和五二年末か同五三年初めころから症状にほとんど変化がなく、西野医師が症状固定と判断した同年六月三〇日ころと、鑑定人による対診時のころとでも原告両名の主訴にほとんど変化がないことなどの事実に徴し、遅くとも昭和五三年六月三〇日ころ症状固定したものと認めるのが相当である。

(三)  そして、前認定の事実によれば、原告善光の後遺症は、頸部捻挫後遺症として、頭痛、項部から両手にかけてのしびれ感及び疼痛、耳鳴り、両膝挫傷後遺症として両膝ガクガク感並びに両目のかすみ(両目の調節力衰弱)であると認められ、右障害を併合して自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表第一二級に相当するものと解するのが相当である(なお、目のかすみについては、原告善光は、西野病院入院中からこれを訴えていたところ、目の調節力の衰弱、麻痺は頭部や頸部の損傷によつても起こり得るものであり、同原告は本件事故により頭部挫傷の傷害を受けているのであるから、反証のない限り、右両目の調節力衰弱は本件事故に基づくものと認めるのが相当である。しかして、既に認定したとおり、飯塚病院眼科藤田医師は、昭和五三年七月一九日には同原告の眼疾は治癒した旨診断しているが、同医師作成の原告義昭の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書―甲一八号証の二―調節機能欄に何らの記載もないことからみて、同原告はもとより、原告善光についても目の調節力の検査がされていないものと推認するのが相当であるから、同医師の右診断をもつてしては、右認定を動かすに足りないものというべきである。次に、感音性難聴については、原告善光は、西野病院入院時から通院期間中を通じ、難聴の訴えをした形跡は全くないから、本件事故に基づくものであるとは認め難い。また、腰部から両足にかけてのしびれ感及び疼痛については、前記症状固定の時点で主訴がないところ、鑑定時における圧痛、下肢の知覚鈍麻、ゼラーグ徴候も他覚的所見のないこと、第五腰椎分離症については、本件事故により生じたものとすれば、受傷時に非常な激痛を伴つたはずであるのに、同原告が西野医師における入・通院時にそのような激痛を訴えたことを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、昭和五四年一月二三日ころ、西野医師による同原告の腰椎のレントゲン撮影による検査の結果も異常が認められなかつたうえ、同原告は同年九月七日から河野医院に通院し、気管支喘息の治療を受けているが、第五腰椎分離症による診療が開始されたのは本件事故後三年三か月余を経た同五五年八月一日であることなどの事実に徴すると、右各症状は、いずれも本件事故に基づくものであるとは認め難い。)。

(四)  次に、前記(一)認定の事実によれば、原告義昭の後遺症は、頸部捻挫後遺症として、耳鳴り、項部痛、両肩から両手にかけてのしびれ感、後頭部及び前額部の頭痛、両膝挫傷後遺症として両膝のしびれ感及び疼痛、並びに両目のぼやけ(両目の調節力低下、麻痺)であると認められ、右障害を併合して自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表第一一級に該当するものと解するのが相当である(なお、目のぼやけについては、原告義昭は、西野病院入院中から、これを訴えていたこと、同原告は本件事故により頭部挫傷の傷害を受けていること、西野医師作成の症状固定時の診断書―甲一八号証の三―に主訴又は自覚症状として「目のかすみ」の記載はないが、前記甲一八号証の二に主訴又は自覚症状として「左眼飛蚊症」の記載があること、その他原告善光の目のかすみについて説示したのと同様の理由により、右両目の調節力低下、麻痺は本件事故に基づくものと認めるのが相当である。次に、感音性難聴については、原告義昭は、西野病院入院時から通院期間中を通じ、難聴の訴えをした形跡は全くないから、本件事故に基づくものであるとは認め難い。また、腰痛及び背部痛については、前記症状固定の時点で主張がなく、鑑定時においても他覚的所見のないこと等に鑑み、本件事故による傷害の後遺症であるとは認め難い。)。

五  物損

成立に争いのない乙一号証、証人川野才市の証言により有限会社西日本鑑定センター作成部分につき真正に成立したものと認められ、その余の部分に争いのない乙一〇号証、証人川野才市、同大里祥二の各証言、原告義昭、同照章各本人尋問の結果によると、本件事故により原告車の前部が破損したことが認められる。

六  原告らの損害

(一)  原告善光分

1  治療費 二、一三一、六一〇円

前記三、四認定の事実によれば、西野医師は、昭和五三年六月三〇日に原告善光、同義昭に対し、翌日からの通院の必要はないと診断してその旨告げているのに、同年七月一日以降も同原告らが通院し、診療を求めたため、医師としてやむなく経過観察のため診療していたものであること、右原告両名の後遺障害も、目の調節力衰弱ないし麻痺を除いては、いずれも心因性のもので、社会復帰することにより軽快するものであること、右原告両名の河野医院での治療は、本件事故の後遺障害と全く無関係な傷病による治療も多数行われていること等の事実に徴すると、次に認定する治療費は本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるが、西野病院における昭和五三年七月一日から同五四年二月二八日までの治療費及び河野医院における治療費は、本件事故と相当因果関係のある損害とは認め難い。

(1) 西野病院(昭和五二年四月二二日から同五三年六月三〇日まで) 二、〇二四、二八〇円

前掲甲二〇号証の二ないし四により認める。

(2) 飯塚病院 六四、六八〇円

いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲四号証の一、三〇号証の一ないし一〇により認める。

(3) 筑豊労災病院 二九、〇二〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲六号証により認める。

(4) 福岡大学病院 一一、八〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲三三号証の一・二により認める。

(5) 九大病院 一、八三〇円

成立に争いのない甲三一号証の一・二により認める。

2  栄養補給費 認められない。

原告善光は、入院中における栄養補給のため、牛乳を購入、摂取した費用を損害として請求するが、右牛乳の摂取が医師の指示に基づくもので、治療上の効果を期待し得るものであつたことを認めるに足りる証拠はないから、右費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

3  入院雑費 一〇、四一〇円

弁論の全趣旨により、右金額の雑費を要したものと認める。

4  交通費 認められない。

原告善光は、自宅から通院した各病院までの往復のタクシー代を請求するが、同原告が自宅から前記各病院へ通院するためにタクシーを利用したことを認めるに足りる的確な証拠はないだけでなく、通院するのに、徒歩又はバス、鉄道等の通常の交通機関の利用を差し置いて、タクシーを利用するのが相当であつたことを認めるべき証拠もなく、他に右通院のために要した交通費を算定できる資料もない。

また、同原告は、河野医院までの往復のバス代を請求するが、前述のとおり河野医院における治療と本件事故との間の相当因果関係は認め難いから、右通院のため交通費を本件事故による損害であると認めることはできない。

5  診断書代 一〇、八〇〇円

いずれも成立に争いのない甲八号証の一ないし七、二三号証の一ないし三・六・七・一〇、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲三四号証の一・二により認める。

6  休業損害 一、二九三、九一三円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一一、一五号証、三井石炭鉱業株式会社田川事務所に対する調査嘱託の結果、原告善光本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告善光は、昭和五二年一月二〇日三井石炭鉱業株式会社田川事務所に採用されて、調査係として勤務していたが、本件事故による傷病の治療のため、同年四月二三日から欠勤を続けたため、同五三年三月三一日解雇されたこと、そして、その後今日に至るまで就労していないこと、しかし、本件事故により受傷していなければ引き続き勤務することが可能であつたこと、同原告の本件事故前に精勤した月である昭和五二年二月及び三月の給料・諸手当の平均額は八八、八五五円であり、更に同年八月及び一二月に支給を受けた賞与等の合計額は二二一、八〇〇円であるから、その一二分の一に当たる一八・四八三円を右給料等の平均額に加算すると一〇七、三三八円になること、同原告は、欠勤中の昭和五二年五月から解雇された同五三年三月三一日までの間に諸手当及び賞与等合計二三七、八〇〇円の支給を受けたことが認められる。

そうすると、同原告の本件事故の翌日である昭和五二年四月二三日から症状固定日である同五三年六月三〇日までの休業損害は次のとおり一、二九三、九一三円になる。

107,338(円)×14.27(月)=1,531,713(円)

1,531,713(円)-237,800(円)=1,293,913(円)

7  後遺障害による逸失利益 三、六〇九、七八四円

前記四(三)で認定した原告善光の後遺障害の内容・程度等を考慮すると、同原告は、右障害により労働能力を一四パーセント程度喪失したものと認めるのが相当である。

そして、前記四で認定したとおり、同原告は、症状固定後において、気管支喘息、第五腰椎分離症・坐骨神経痛、慢性膵炎、肝機能障害、心筋虚血・狭心症、結膜炎、皮膚炎、虫垂炎、高尿酸血症等、本件事故との関連性を認め難い傷病により、長期間にわたつて治療を受け続けており、かつ前認定のとおり本件事故後今日に至るまで全く就労していないこと等の事情に照らすと、同原告の就労可能期間は六〇歳までと認めるのが相当である。

そこで、症状固定時における同原告の年収一、二八八、〇五六円(107,338×12=1,288,056)を基礎として年別ホフマン式計算法(係数は、三八年の二〇・九七〇二から一年の〇・九五二三を引いたもの)により年五分の中間利息を控除し、後遺障害による同原告の逸失利益の本件事故時における現価を算出すると、次のとおり三、六〇九、七八四円になる。

1,288,056(円)×0.14×20.0179=3,609,784(円)

8  慰藉料 二〇〇万円

本件事故の態様、傷害の部位・程度、治療経過、後遺障害の内容・程度その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、原告善光の本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は二〇〇万円と認めるのが相当である。

9  弁護士費用 九〇万円

本件事案の内容、本訴追行の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告善光の損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は九〇万円と認めるのが相当である。

(二)  原告義昭分

1  治療費 二、二五九、七四〇円

前記(一)1と同じ理由により、次に認定する治療費を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(1) 西野病院(昭和五二年四月二二日から同五三年六月三〇日まで) 二、〇七八、一二〇円

前掲甲二一号証の二ないし四により認める。

(2) 飯塚病院 一三五、七八〇円

いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲五号証の一、二九号証の一ないし二二により認める。

(3) 筑豊労災病院 二九、〇二〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲七号証により認める。

(4) 福岡大学病院 一六、八二〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲三二号証の一・二により認める。

2  栄養補給費 認められない

原告義昭は、入院中における栄養補給のため、牛乳を購入、摂取した費用を損害として請求するが、前記(一)2と同じ理由により、右費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

3  入院雑費 一〇、四一〇円

弁論の全趣旨により、右金額の雑費を要したものと認める。

4  交通費 認められない

前記(一)4後段と同じ理由により認められない。

5  診断書代 一〇、八〇〇円

前掲甲八号証の一ないし七、二三号証の一ないし三、三四号証の一・二、成立に争いのない甲二三号証の四・五八により認める。

6  休業損害 一、七六〇、〇六八円

いずれも成立に争いのない甲二二号証の一・二、四九号臣、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一二号証の一ないし三、原告義昭本人尋間の結果と弁論の全趣旨によると、原告義昭は、昭和五二年四月一日三井鉱山竪坑トンネル掘鑿株式会社福岡支店に採用されて、測量地質課係員として勤務していたが、本件事故による傷病の治療のため、同年四月二三日から欠勤を続けたため、同年一〇月二四日休職を命ぜられ、次いで同五三年一〇月二三日解雇されたこと、そして、その後今日に至るまで就労していないこと、しかし、本件事故により受傷していなければ引き続き勤務することが可能であつたこと、同原告は、昭和五二年四月及び五月分の給料・諸手当につきその全額の支給を受けたこと、同原告は大学卒業後に同社に入社したものであるが、同原告と同期入社の同学歴社員の同年六月から同五三年六月三〇日までの給料・諸手当及び同五二年八月及び一二月の賞与の合計額は一、七六〇、〇六八円であつたことが認められる。

そうすると、同原告の昭和五二年四月二三日から同年五月三一日までの休業による損害はなく、同年六月一日から症状固定時である同五三年六月三〇日までの休業損害は一、七六〇、〇六八円と認めるのが相当である。

7  後遺障害逸失利益 六、二七五、九八三円

前記四(四)で認定した原告義昭の後遺障害の内容・程度を考慮すると、同原告は、右障害により労働能力を二〇パーセント程度喪失したものと認めるのが相当である。

そして、前記四で認定したとおり、同原告は、症状固定後において、胃潰瘍、術後腸管癒着、結膜炎、肝機能障害、皮膚炎等、本件事故との関連性を認め難い傷病により、長期間にわたつて治療を受けており、かつ前認定のとおり本件事故後今日に至るまで全く就労していないこと等の事情に照らすと、同原告の就労可能期間は六〇歳までと認めるのが相当である。

そこで、症状固定時における同原告の年収を、前掲甲四九号証によつて認められる同原告と同期入社の同学歴社員の昭和五二年七月から同五三年六月までの給料・諸手当及び同五二年八月及び一二月の賞与の合計額一、六五四、六一四円と同額であるとし、右額を基礎として年別ホフマン式計算法(係数は、三五年の一九・九一七四から一年の〇・九五二三を引いたもの)により年五分の中間利息を控除し、後遺障害による同原告の逸失利益の本件事故時における現価を算出すると、次のとおり六、二七五、九八三円になる。

1,654,614(円)×0.2×18.9651=6,275,983(円)

8  慰藉料 二六〇万円

本件事故の態様・傷害の部位・程度、治療経過、後遺障害の内容・程度その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告義昭の本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は二六〇万円と認めるのが相当である。

9  弁護士費用 一二〇万円

本件事案の内容、本訴追行の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告義昭の損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は一二〇万円と認めるのが相当である。

(三)  原告照章分

1  原告車修理費 六四三、〇〇〇円

(1) 前五記載の各証拠、成立に争いのない乙一三号証、証人大里祥二の証言により真正に成立したものと認められる甲一三号証、証人村山栄一の証言に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

〈1〉 原告車は、昭和五〇年八月ころ、原告照章が新車を二二〇万円で福岡トヨタ自動車株式会社飯塚営業所(以下「福岡トヨタ」という。)から購入したものであること。

〈2〉 本件事故後、原告車は福岡トヨタに牽引されたこと。

〈3〉 福岡トヨタは、原告照章の依頼により、同五二年五月一七日ころ原告車の修理費用の概算を七八一、〇〇〇円と見積つて、その見積書(乙一〇号証中の福岡トヨタ作成の見積書)を同原告に渡したところ、同原告から同社において修理後の原告車の安全性に責任が持てるよう事故で損傷した可能性のある部分を全部新品と取り替えてくれと言われ、同年六月二日その趣旨で再見積りし、一、〇四二、二〇〇円と算出したこと。

〈4〉 他方、有限会社西日本鑑定センターは、興亜火災海上保険株式会社福岡支店(以下「興亜火災」という。)から原告車の損害調査の委嘱を受け、アジヤスター川野才市が同年五月二三日福岡トヨタに出向いて同社に保管中の原告車を調査し、福岡トヨタの初回の見積書も参考にしたうえ、原告車の修理費用(部分品価額、工賃、牽引費の合計額から残存物価額六五〇円を控除したもの)を六四三、〇〇〇円、事故前の原告車の時価を一八〇万円と確認したこと。

〈5〉 アジヤスターの調査確認後でも、修理業者や現実に修理に着手した場合、アジヤスターとの間で修理費用についての再調整が可能なこと。

〈6〉 興亜火災の調査員村山栄一は、原告照章との間で示談交渉を重ねたが、同年六月一一日アジヤスターの調査確認額を示談金額として提示したところ、同原告がこれに応じなかつたため、示談が成立しなかつたこと。

〈7〉 福岡トヨタは、原告照章から原告車の修理に着手しないよう指示されたため、昭和五六年三月二六日当時も原告車を修理しないまま同社に保管していたが、その後未修理のまま同原告に返還したこと。

〈8〉 アジヤスターは、社団法人日本損害保険協会の実施する技能資格試験に合格した者で、同協会に加盟する保険会社から委嘱を受けて自動車の保険事故に関し損害調査業務を行う者であり、同協会のアジヤスター規則により、自己又は自己と著しく利害関係を有する者に係わる保険事故等の調査を禁止されるなど、その業務の中立性が図られていること。

(2) ところで、事故による車両の破損が全損でなく、一部破損しただけで修理可能な場合の損害は、原則としてその修理費用であると解すべきところ、前記五で認定したとおり、本件事故による原告車の破損は全損ではなく、前部の破損に留まり、かつ、右(1)認定の事実からその修理が可能なものであつたことは明らかであり、また、その修理費用も事故前の原告車の時価を上回るものではなかつたことが認められる。

したがつて、本件事故に基づく原告車破損による損害の賠償として、現クラウン二〇〇〇cc車の最高級グレード車の購入総費用又は原告車の本件事故前の時価相当額の支払を求める原告照章の請求は失当である。

次に、右(1)認定の事実関係に徴すると、結局現実に原告車の修理が行われておらず、修理費用の実額及びその相当性を判断する資料のない本件においては、アジヤスターの調査・確認した修理費用六四三、〇〇〇円が原告車の修理費用であると認めるのが相当である。

2  代車料 認められない

原告照章は、本件事故により原告車が使用できなくなつたため、一日三、〇〇〇円の賃料を支払つて九〇日間普通乗用自動車を借り受けた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない(辻田由喜年作成名義の貸車証明書―甲一四号証―には、右主張にそう記載があるが、右証明書の成立の真正についての立証がないだけでなく、仮にその成立の真正が認められるとしても、前掲甲二〇号証の五、二一号証の一〇と原告照章本人尋問の結果によると、右辻田由喜年は原告三名の実父であることが認められるところ、親子間において、日額三、〇〇〇円で普通乗用自動車の貸借をし、現実に右使用料を授受したものとは信用し難いものというべきである。)。

3  休車料 認められない

原告車が営業用自動車であつたことを認めるべき証拠はない。

4  慰藉料 認められない

原告車の破損による修理費用の賠償によつても、なお原告照章に回復し難い精神的苦痛が残存すると認めるべき証拠はない。

5  弁護士費用 六万円

本件事案の内容、本訴追行の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告照章の損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は六万円と認めるのが相当である。

七  被告の抗弁について

被告は、「原告善光は、道路左側に寄つて下降すべきであるのに、敢えて中央線に寄つて進行した過失があるから、過失相殺すべきである」旨主張するが、本件全証拠によつても、右主張事実を認めるに足りない。

かえつて、前二(二)記載の各証拠によると、原告善光は、本件事故現場付近道路を山野方面から桂川町方面に向つて右折するつもりで進行していたが、被告車が早い速度のまま左折進行して来るのを認めたため危険を感じ、急ブレーキをかけて交差点の北西角から約一八メートル手前地点の左側車線中央寄りに停止したところ、被告車が正面衝突したものであることが認められ、右認定事実によれば、原告善光に被告主張のような過失の存在しないことは明らかである。

八  結論

そうすると、被告は、不法行為に基づく損害賠償として、原告善光に対し、一〇、一五三、七一七円とこのうち弁護士費用を除いた九、一五三、七一七円に対する不法行為後の昭和五二年九月一三日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金を、原告義昭に対し、一四、一一七、〇〇一円とこのうち弁護士費用を除いた一二、九一七、〇〇一円に対する前同日から前同率の遅延損害金を、原告照章に対し、七〇三、〇〇〇円とこのうち弁護士費用を除いた六四三、〇〇〇円に対する前同日から前同率の遅延損害金を、それぞれ支払うべき義務がある。

よつて、原告らの本訴各請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないことにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 喜久本朝正)

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